「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! | 苫米地 英人

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未来が最高なら、過去も現在も最高

「未来が過去をつくる」のは、自分のことだけでなく、他人のことでも同じです。
やる気も責任もない部下がいるとします。はたから見ていると、どうにも使えない。一人前になるとは思えない。しかし、それは「過去の延長線上に未来がある」という前提で部下を見ているからです。
また、ステップ2で説明したように、私たちは自分にとって重要なもの、自分が見たいものしか見ていません。部下のことを「デキない」と忌々しく思って見ていれば、デキないところしか見えてきません。
さらには、「昨日出会った人の顔を思い浮かべて絵を描く」という例で見たように、私たちは、ちゃんと見ていると思っていても、実は単に見た気になっているにすぎません。他人のことも、「こいつはこういうヤツだ」という過去の信念にもとづく記憶でとらえているにすぎません。ですから、部下に優れたところがあっても見逃している可能性が大です。
部下を伸ばしたいという場合、まず自分が部下に対して「過去ベースで接している」ということに気づかねばなりません。そして見方を変えて、「未来が過去をつくる」という見方で部下を見ます。
部下が立派に成長したという未来から見れば、「デキない時期があったからこそ、大きな学びと成長があった」という過去に変わります。「よい未来」から逆算して見れば、どんな現在も過去も、「よい未来」をつくるために必要な出来事なのです。

  

「やらされ感」がパフォーマンスを下げる

「やらされ感」があって行動しているときは、「〜しなければ」「仕方がない」といった自己対話が必ず行われています。「本当はやりたくないけど、やらないと怒られる」「やらないとクビになる」「やらないと食っていけないから仕方がない」という具合です。
このように、外部からの働きかけによる恐怖がモチベーションとなっている場合は、自発的に生じるモチベーション(建設的動機)を区別して、「強制的動機」と呼ばれます。
「やらされ感」と「強制的動機」で行動しているとき、私たちは絶対に高いパフォーマンスを上げることはできません。「仕方がないから〜〜しなくちゃ」という自己対話が生まれることによって、無意識がその状況に抵抗するからです。
例えば、「今月中にあと10件飛び込み営業しなきゃ」という自己対話をすれば、無意識は「やりたくない」という本心を実現するように働きます。その結果、まず仕事を能率が落ちます。
次に、あなたは営業に行けないような理由を見つけてしまうのです。例えば、事務の処理の仕事が溜まって時間を取られる。部署のメンバーから急な仕事を頼まれる。あるいは風邪を引いてダウンする・・・・という具合に。
それらは「やりたくない」という無意識の働きの結果です。
「やりたくない」と思いながら強制的動機で仕事をしているときは、どんどん仕事ができない状況になっていきます。それによってさらに頭の中はモヤモヤし、ストレスが増えます。
このように、「ねばならない」(have to)は、セルフ・エスティームの観点でも、モチベーションの観点でも、私たちに何一ついい影響を与えません。「我慢」は頭のモヤモヤと生産性ダウンの大きな要因の一つなのです。

そもそも会社の一員なので、やらされている感は最初からあると思う。そうでなければ、起業して最初から1人でやるべきなのでは?と思うが。大学生のうちに起業している人も一部いるがほとんどの人は大体新卒で働くことになる。そこで実務経験を積んで将来的に独立する為の準備をするのがベストだと思う。嫌々はみんな嫌なんですよ。それを回避するのはほぼ不可能だと考える、少し机上の空論なのではないかと思う。

「have to」で組織力もダウンする

あなたの職場の人たちを思い浮かべてみてください。「やらされ感」と我慢で毎日働いている人が少なくないのではないでしょうか。
その人たちの頭の中を想像してみてください。
「人生とは我慢の連続だ」
「やりたくないことをやってこそ、辛抱を覚えてこそ、人間は成長できるのだ」
「大人とはそういうものだ」
そんな考え方が”常識”となっていて、あなたも上司からそんなセリフを言われたことがあるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?
やりたくないことをやって、人間は成長できるのでしょうか。
「成長」の定義によって答えは異なるところですが、「その人の潜在能力を最大限に発揮していく過程が成長である」と考えるなら、「やりたくないことをやって成長できる」なんて大ウソです。強制的動機でパフォーマンスを上げられないのは先ほどみたとおり。
「人間は我慢で成長する」というセリフをあなたに言う人がいたら、その人自身がやりたくないことをやって人生の大半を浪費してきたからです。自分の我慢だらけの人生のモノサシを、あなたに強制しているだけです。

あなたの会社を思い浮かべてみてください。
社員の大半がやりたくないことを嫌々やっていて、組織のパフォーマンスは良好でしょうか。
日本の組織を見ていると、「やりたくないことを嫌々やる代わりに、責任は取らないよ」とみんなが言っているように見えます。
日本の組織について「責任の所在が不明確」といわれる理由の一つは、「我慢してやる代わりに責任は取らない」という考えが、”常識”になっていることです。
「オレだって安月給で我慢してやってんだから、責任まで取らされてたまるかよ!」というマインドです。
みんなが嫌々仕事をやり、誰も責任を取ろうとしないのですから、組織のパフォーマンスが下がって当然です。「ねばならない」(have to)は、個人のみならず、当然ながら組織のパフォーマンスも低下させます。

大企業であるところはこのような光景が多々みられる。それで嫌々やっていても何も身に付かないし、成長しないので結局は辞めてから何をしようかと迷うことになる。そういう風にならない為に大企業だから良いのではなく、自分がやりたいことを考えそれをできるように行動していくことが大事なのではないかと考える。

やりたくないことをやめる思考実験


「やりたくないけど、やらねばならない」ことばかりを我慢してやっていきながら、「頭をスッキリさせて勉強・仕事のパフォーマンスを上げたい」と言ってもそれは無理な話です。
頭がスッキリし、パフォーマンスが上がり、潜在能力が引きだされるのは、やりたいことをやっているときだけ。
にもかかわらず、自分の行動を「やりたいか、やりたくないか」で判断して選別するという習慣をもたない人がほとんどです。「やりたくないけど、仕方がないからやる」がいつのまにか無意識レベルでスタンダードになっているはず。自分は何がやりたくて、何がやりたくないかが分からなくなっている人が多いのです
また、仕事や面倒な人づきあいなど、やりたくないと分かっていても、いきなりそれをやめるなんて無理だと考える人も多いはず。
そういう皆さんは、次のような思考実験をしてみてください。
①まず、「やりたくないこと」を書きだします。数は5個から10個。それ以上書きたい人はいくつ書いてもかまいません。中身は家庭のことでも仕事のことでもなんでも結構です。
②次に、その「やりたくないこと」リストの中で、あなたがいちばんやりたくないことを選びます。
③そして、その「いちばんやりたくないこと」をやめてみる、ということがすぐにできればよいのですが、多くの人はそこで躊躇してしまいます。ですから、まず思考実験の中で、いちばんやりたくないことをやめてみるのです。

もしあたなが、「行きたくない」と思いながら会社に行き、「やりたくない」と思いながら仕事をしているなら、会社の何があなたの我慢のもとなのでしょうか。
まず①と②で「やりたくないこと」を特定します。そうすると、「やりたくないことだらけだ!」と思い込んでいたのが、実は我慢のもとが1個から数個の原因に集約されることがほとんどです。それだけで頭のモヤモヤは少し減ります。
次に、③でそれを「やめたらどうなるか」「やめるにはどうするか」を考えます。
例えば、「感じの悪い取引先がある。もうあの取引先とはつきあいたくない!」ということが最大の我慢のもとならば、その取引先とのつきあいをやめてしまえばどうなるでしょうか。
その取引先があなたの売り上げノルマのうちの25パーセントを占めているとすれば、取引をやめたらあなたの売り上げの4分の1がなくなります。
ならば、その4分の1をほかの取引先でカバーすることはできないでしょうか。
あるいは、取引先を新規開拓すればどうでしょうか。一気に25パーセントを挽回するのは難しくても、1社5パーセントずつで計算すれば、例えば既存の取引先2社から10パーセント増、それに3社を新規開拓して15パーセント増で、合計25パーセント。そうすれば、嫌な取引先と手を切ることができます。そう決心することで、既存の取引先との取引の可能性を広げ、新規の取引先も開拓できる、という魅力的なオマケもついてきます。
あるいは、ダウンする25パーセントの売り上げ相当額を、業務改革のコストダウンで取り戻して、プラマイゼロ。となれば、コストダウンの面白さにも目覚め、あなたの業務改革は社内で高く評価されるかもしれません。